「つなげよう脱原発の輪 上越の会」に頂いた、杉みき子さんのメッセージ
ふるさとを失わないために
杉みき子
大震災の被災者の方たちをお招きしての集まりに、「ふるさと」の歌が歌われる情景を、テレビなどでよく目にします。
もちろん、被災者の方たちを慰め、励まそうという善意からであることは疑いようもないのですが、そうした場所でのこの歌を聞くたびに、当の、ふるさとを離れて暮らしている方々の思いはどうなのだろうかと、いつも気になってしまうのです。
うさぎ追いしかの山、小ぶな釣りしかの川
夢はいまもめぐりて 忘れがたきふるさと。
むかし、この歌がつくられたとき、ふるさとを離れてそのふるさとをなつかしんでいる主人公は、勉学のため、あるいは就職のために、自らの意思で、ふるさとを離れたものと思われます。
だから、その志が果たされたときは、あるいは果たされなくとも、生きることに疲れたときは、山は青きふるさと、水は清きふるさとへ、帰ってゆくことができました。
もし、今回の災害が、地震と津波だけだったら——-
もちろん、それだけでも大変なことではありますけれど、時間とお金をかけ、国を挙げての協力で、やがてはふるさとを復興し、そこに再び帰り住むこともできたでしょう。
でも今回は、多くの土地で、それが叶わなくなりました。
原発の存在が、その希望をうち砕いたのです。
放射能に汚染されたふるさとに、いつかまた本当に戻れる日が来るのでしょうか。
放射能漏れがいまだに続いて収拾のつかない現状を見ると、暗たんたる思いにかられます。
まして、汚染水は国内にとどまらず、海外の国々の安全までおびやかしているのです。
原発のあるところでは、いつでもまた、ふるさと喪失の悲劇がくり返されるに違いありません。
原発は、つくるべきではなかったのです。
人間が自らの力で制御できないものは、絶対につくるべきではなかったのです。
ふるさとを奪われた被災者の方々の苦しみを二度と繰り返さないために、原発はもうやめましょう。
それで不自由が生ずるならば、皆で力を合わせて、なんとか乗りこえていきましょう。
人間のいのちの根っこ、ふるさとを失わないために、子どもたちの未来のために、山は青きふるさと、水は清きふるさとを取りもどすために。